令和に入り世間での雅子様の人気は軒並み急上昇だ。メディアはこぞって "トランプ大統領を圧巻の英語で迎えた雅子様は新しい皇室の象徴" とか "ご病気を克服して活躍される姿に国民は感動している" などとべた褒めしている。

しかし忘れてはいけないのは、2,3年前まではほとんどのマスコミが雅子様をさぼり・過保護・仮病などと中傷していたことだ。

マスコミがこのように画一的な報道を断続的に行うのは、マスコミ報道のほとんどの情報源が宮内庁を経由している点に由来する。

皇族や宮内庁幹部の記者会見に出席する新聞社の記者は宮内記者会(宮内庁の記者クラブ)に所属しているが、宮内庁の意図に背く記事を書くとこの記者会から除名される。そうするとその新聞社は一切の情報がとれなくなるので、滅多なことは書けない。そもそも宮内庁に出入りする記者は政治部や社会部の足がかりに皇室の取材を行っているケースが多く、スクープをあげず無難にやり過ごすことを考えている。

したがって雅子様の本当の評価は週刊誌報道などではなく、幼少期の友人や外務省の同僚による証言を見ていく必要がある。

原田治明 元巨人外野手 「高慢なところがない努力家」

雅子様は田園調布雙葉学園時代、ソフトボール部に所属し地区大会で優勝する強さだった。それが縁で巨人のおっかけになり、外野手の原田治明選手に夢中になる。13~14歳のころ、友人と多摩川のジャイアンツ練習場に赴き応援していた。

原田選手のほうもそういうファンは大切にしていて、練習が終わると喫茶店で話したりするような仲だった。雅子様がご結婚してから原田選手はこう証言している。

原田元選手

彼女は上流の育ちでしたが、高慢なところはありませんでした。可愛くて、健康で、努力家でした。そのうち何か驚くようなことをするのではないかという雰囲気を持っていました。

当時のクラスの友人の証言「友人には親愛の情を、目上の人には敬う気持ちを忘れない」

雅子様の卒業文集は普通の女子中学生らしく、夏目雅子をもじった他愛無い冗談が綴ってある。

「中3Aの皆様・・・♡♡←都会的 お元気ですかー? 中3も残りわずかになったわネー!ところでいつも真面目な私は今日位はふざけてみようと思うのだけど、どうかしらん?(以下略)」

さすがに中3の文集を全文掲載するのは忍びないので省略するが、概ねこのようなテンションで明るい印象が見て取れる。これについて友人はこう話している。

田園調布雙葉のクラスメイト

この文集の文面には、彼女らしい性格が見え隠れしています。友達にはおどけて見せて親愛の情を表現しているんですが、先生に対してはふざけているようできちんと敬語を使うなど、冷静なところがあるんです。・・で、最後はきちんとまとめて御礼を述べるという生来の真面目さがよく出ています。

州立高校時代のクラスメイトの評価「頭が良く情も深くてとても優しい」

雅子様は高校からベルモント・ハイスクールに通うことになった。小1までは英語圏で暮らしていたがそれ以後は日本で育つ雅子様にとって英語がどの程度ついていけるかは懸念があったが、すぐに杞憂だとわかった。女子校で育った雅子様は男子と話すことは少し躊躇していたという。当時のクラスメイトはこう話す。

州立高校担任

彼女は覚えが早く、私が一段階上のレベルを勧めると素直に挑戦して、見事にこなしてその上のトップレベルに行く子でした。とても努力家で、一生懸命に勉強していたのでニックネームは「ブレーン」とつけられたほどです。マサコは情も深くとても優しい心の持ち主でした。そして他人のことがわかりすぎてしまうほどデリケートでシャイな部分がありました。つくづく日本人とアメリカ人の違いを感じていたのではないでしょうか。

彼女は日本人としてのプライドもちゃんと持っていました。友達を作ることにも才能があり、すべての行事にとても自信を持って活動していて、環境にとても順応していました。

1981年(18歳) ハーバード大入学
1985年(22歳) ハーバード大卒(数理経済学)
1986年(23歳) 東京大学法学部に学士入学、外交官試験合格
1987年(24歳) 東大中退、外務省入省
1988年(25歳) 外務省の研修留学でオックスフォード大学に留学

高校卒業後、雅子様は上の年表のようにアメリカに留まる。ハーバードでは世界最高の経済学者の一人であるジェフリー・サックス氏の指導を受けている。

ジェフリー・サックス氏の証言「非常に聡明」

ジェフリー・サックス

非常に聡明で、非常によく勉強し、非常に野心的な女性だった。外務省で出世するだろうと思っていた。

彼女の落ち着きに強い印象を受けた。それと、卒業論文への関心と意欲と決意に。皇太子妃になるずっとまえから、いずれすばらしいことをやる人だという印象があった。

彼女は、日本のようなタイプの経済がどんなふうに原油価格の上昇に適応するかということを分析するための基本的な枠組みを作った…学生の論文としてはすばらしい明解なものだと思った。すばらしくよくできた論文だった。

東大の同級生 工藤雪枝氏「控えめで、受け身で、人の意見を聞くタイプ」

ハーバードを卒業すると父親よりも高額な年俸オファーを蹴って日本に帰国、東京大学に学士入学している。そこから中退し外務省に入省するが、これ(東大中退)は外交官のトップエリートコースである。

東京大学時代の友人である工藤雪枝氏の証言。

工藤雪枝

彼女には熱意が溢れていた。けれど、彼女が西洋人のように意志が強く自己主張するという評価には同意しない。彼女は控えめで、受け身で、いつも人の意見を聞く側だった。わたしたちはいつも話す側だった。彼女は1950年代とか1960年代の典型的な日本女性のようだった。

彼女はとても優しくて、親切で、思いやりのある人だわ、だけど、なにかおもしろい考えを持った人だという印象を受けたことがないの。パーティやレセプションでおしゃべりするには感じのいい人だけど、返ってくるものがないのよ

プリンセス・マサコ より

帰国後の雅子様については、このようによそよそしさを感じる人も一部いたようだ。年齢とともに深い付き合いをする相手は限られてくるが、加えて雅子様の場合は日本からアメリカ、そしてまた日本と渡り歩いて、深く付き合ってもそれきりになってしまうから、人間関係に対する割り切りが多少はあったのではないか。

外務省の同僚① 「気が利いて行動的」

次に外務省での評価を2つ紹介したい。2つというのは、学生時代と違って外務省では高評価に加えて明確な批判も存在するからだ。それは入省後めきめきと頭角を現す雅子様について、父親(当時外務審議官〜外務次官)の七光だと僻んだ人が一部にいたためである。

外務省同僚1

雅子様は気が利いていて行動的でした。そして、どんなに忙しくても他人への配慮を欠かすことなくプレゼントをしたり手紙を書いたりしていました。身なりも髪を振り乱したり、化粧をしなかったりといった姿は見たことがありません。いつもきちんとされていました。

外務省の同僚②「お高く止まっていて人間味がない」

雅子が結婚のために外務省を辞めたとき、

「同僚の何人かは廊下で踊りださんばかりだった……その人たちは彼女のことを、お高く止まっていて、人間味がなく、それほど有能でもないと思っていた。あまりにも早く、大きすぎる責任を与えられていると考えていた」

プリンセス・マサコ

官僚の世界は優秀な人であれ批判がつきものだ。雅子様の場合はアメリカとの通商交渉の場でアメリカ側の要人から厳しく言い立てられ泣いてしまったというエピソードが「外交官らしくない態度だった」と批判されることがある。

経歴や美貌的にはパーフェクトに見える雅子様だが、結婚相手として取り沙汰された当時から宮内庁からの評価は低かった。というのは、雅子様は欧米圏で教育を受けやり手の女性としての印象が強く、皇室が求めているような男性の後ろについて回るお淑やかな女性像とは程遠かったためである。

雅子様との結婚は皇太子殿下の一目惚れがきっかけだが、宮内庁の職員はそれを必死で止めようとしたし、結婚後もなにかにつけて因縁としか言いようのないこと(皇太子殿下より長くしゃべったなど)で雅子様を批判している。

①雅子様は喫煙者だった?

雅子様に関するネット上の悪い噂で、雅子様は妊娠中もタバコを止めないヘビースモーカーだった、という噂がある。

しかし調べたところ、これは新聞や週刊誌が報道したものではなく、インターネットの掲示板の書き込みによる事実無根のデマである。

雅子様を陥れようとする勢力による妄想だろうが、こういう風説が広がったのは、恐縮ながら雅子様の歯並びがもともと少し良くないところがあり、「タバコを吸っているから歯並びが悪いのでは?」という推測に基づいているのだろう。

②雅子様が皇太子殿下に蹴りを入れた?

雅子様が皇太子殿下を蹴ったという、衝撃的な噂話がある。インターネット上には「足蹴事件」というタイトルで雅子様が粗暴行為を働いたかのように喧伝しているサイトもあるぐらいだ。

しかし雅子様が皇太子殿下を蹴ったという画像はおろかニュースソースもない。「足蹴事件」を解説しているサイトによれば、どうもこういうことらしい。AERAによれば、雅子様が相撲観戦時に皇太子殿下よりも先に歩いたり退席したがる様子を見せることがあった。

2006年9月10日、東京両国国技館で執り行われた大相撲秋場所初日。皇太子ご夫妻は長女・敬宮愛子さまとともに約1時間、中入り以降の取り組みを観戦した。愛子さまは力士の出身地や四股名をフルネームでそらんじるなど、相撲ファン。観戦中も鉛筆を手に、真剣な表情で星取表をつけた。相撲ファンの好感度は高い。退場時には場内総立ちとなり、惜しみない拍手が送られた。

が、そのとき、ちょっとしたアクシデントがあった。皇太子妃雅子さまが愛子さまの手を引き、皇太子さまより先にすっすっと歩き出したのだ。雅子さまがはっとしたように向きを変えて貴賓席へ戻った時点で、皇太子さまはまだ場内の拍手に応えて手を振っていた。

後方の席に座っていた女性は、その場面をこう振り返る。
「雅子さまは大勢の観衆を前に緊張したのでしょう。皇太子さまに続いて退場する祭には、苦笑いなさっているようにみえました」

AERA 2006.09.10

当時、雅子様が皇太子殿下の腕や背中を押して移動させようとする振る舞いが他にもあったという。雅子様のアンチたちはこの振る舞いを「雅子様が皇太子殿下を足蹴にした」といっているようだ。

足蹴とは、足で蹴ること以外にもひどい仕打ちをするという意味がある。要するに雅子様が誰かを蹴った事実はないのに、振る舞いにケチをつけてひどい行為だ=足蹴だ、と批判している。しかし事情を知らなければ「雅子様が誰かを蹴ったのか?」と間違った印象を植え付けてしまう。本当に悪質なデマである。

③雅子様は創価学会員だった?

引用: 大成建設

雅子様や父親の小和田恒氏、小和田家が創価学会の信者、あるいは創価学会と親しいのでは?という噂も、雅子様に関する悪い噂としてよく出る話題である。

創価学会疑惑は芸能人や政治家にもよく上がるが、雅子様や小和田家に創価学会疑惑がでるのは、以下のような理由だ。

  • 雅子様の外務省時代の親しい同僚が創価学会員であった
  • 小和田恒氏が外務官僚のころ、創価学会の池田大作氏の外遊に便宜を図ったのではという疑惑

正直どれも曖昧な根拠でしかない。結論からいって、この話はデマである。なぜなら皇室入りする際には宮内庁による厳格な身辺調査が行われ、非公式であるが思想チェック・宗教チェックも行われる。「海外にいた期間が長い」「祖父が役員をやっていた会社が公害を引き起こした」などでも厳しく見られるうえ、キリスト教徒などメジャーな宗教であっても忌避される。ましてや創価学会のような新興宗教は本人だけでなく親戚まで信者でないのが必須になる。

雅子様は雅子様を中傷することだけが目的のサイトが作られるほど、アンチが多い。「足蹴にした」「喫煙している」などの悪評も、根拠は2chだったり憶測であることがほとんどだ。

そもそも皇室はデマや悪い噂をいちいち否定できる身分ではない。それがデマや悪い噂を引き起こす原因でもある。

皇族の評判は信用できる書籍や新聞、大手週刊誌などに掲載された内容を参考にして、デマサイトなどに惑わされないよう注意されたい。