前回は学生時代から結婚前にかけて、秋篠宮殿下が奔放で自由主義的な風土の強い人物であることを書いた。

本稿では結婚後の様子、とくに96年に沸き起こった秋篠宮殿下の不倫疑惑について書いていきたい。この話題は今では半分タブーとなって取り上げるメディアも少ないが、当時は大手週刊誌を始め各紙の紙面を賑わせた話題である。最終的には秋篠宮殿下が否定し宮内庁が強く抗議した形で幕を閉じたが、当時の紙面を読むとまんざらない話でもないように思えてくるのだ。

まずは結婚後のエピソードから紹介しよう。

92年の夏、赤坂御用地内のグランドで宮内庁職員と天皇家とで親善ソフトボール大会が開かれたが、秋篠宮殿下は、ゲームに参加せずに、応援席で昼間からビールを次々に空けていた。酔っ払って、女性職員をからかう秋篠宮殿下を見て美智子皇后が一度たしなめたが、殿下はやめない。

「皇太子殿下がみるに見かねて注意したら、秋篠宮殿下が『そんなに硬いことばっかりいって』と皇太子殿下に言い返したというんです」(全国紙元宮内庁担当記者)

温厚な皇太子殿下の顔色がさっと代わり、その表情 の険しさに周りは息を呑んだ、という。

すかさず紀宮さま(黒田清子さん)が「(お兄さん)やめなさいよ」と割って入り、なんとか収まった。ところが、紀子様はすぐ横にいたにもかかわらず、秋篠宮殿下をたしなめるでもなく、見ているだけだった、という。

週刊現代 1996.08.24

私の周囲でもこういう人は心当たりがあって決して悪い人とは言えないが(笑)、なんとも兄弟で意識というか立場の差があるのを感じさせるエピソードである。

皇族は宮内庁のサポートなくして活動できない。職務の重さを幼少期から認識させられていた上皇様、今上陛下に比べて軽さを感じてしまう。

さてこれまでの話はやんちゃ、皇室っぽくない、自由奔放で済んだ話なのだが、さすがに96年に愛人疑惑が出た時は皇室初の異性スキャンダルかと噂され、激しい議論を呼んだ。

この話題は数年前から週刊文春がネタをつかんでいたが、水面下に宮内庁からの猛抗議があったうえ、別件で当時の文藝春秋社長宅に銃弾が打ち込まれる事件が起きて頓挫したという。

1996年、クリントン大統領が来日して先日のトランプ大統領のように宮中晩餐会が行われた。秋篠宮殿下ではその晩餐会を欠席して、なんとタイにナマズの研究の所用のために向かったのである。

引用: 外務省

このことは批判を呼んだが、

  1. クリントン大統領来日より先に決まっていたこと
  2. 正式な公務ではないがタイ側もスタッフが準備していることから、全く個人的な用事ではないこと
  3. 仮に晩餐会を優先するとタイに対して非礼に当たるし、秋篠宮殿下は晩餐会の主役でもないのでさして触りがないと判断した

として批判をかわした。ところがこの後でタイに愛人がいて会っていたのではという噂が流れ始める。

「殿下の女好きはなんとかならないかとずっと思っていたんです。今回の旅行だってタイ女性とプライベート・ビーチに行くんだと聞きましたよ」

取り巻きの間ではこういう流言飛語が、寄ると触ると飛び交っているのだ。

そして、宮内庁の中からもこんな声が漏れてくる始末なのである。

「タイに親しい女性がいらっしゃいます。今度の訪問は私的な旅行になっていますが、実は殿下からもっとプライベートな日を2,3日作ってくれないか、という申し入れがあったくらいですから」

1996.04 週刊新潮41号

秋篠宮殿下のタイご訪問は学生時代85,86,87年と3年連続で訪問89年には1ヶ月以上滞在し、結婚後も92年に2回、95年も2回、96年にも行っており報道時点では直近半年で3回目という異例のペースである。しかもほとんどが紀子様を残しての単身旅行だ。

一応の目的はタイのナマズ関連の施設を訪問ということだが、タイはナマズの研究が盛んな国なのか?

そもそも大変失礼ながら、秋篠宮殿下のナマズ研究はどの程度本気なのだろうか。森喜朗がラグビー協会の名誉会長だったように、研究にゆかりがあって学界を振興することが意義だと思っていたが、現場の研究者としての側面もかなりあるのだろうか。

(学習院の同窓で陛下と親しい会社役員) 困った問題ですね。このことでは両陛下もお心を痛めていることでしょう。タイに親しい女性がいることは間違いないみたいですよ。結婚する前からの付き合いで、ナマズの研究所のスタッフかアシスタントと聞いています。

身分の高い女性で、エキゾチックなタイ美人だそうです。

1996.04 週刊新潮41号

結婚されて2,3年経ったころ殿下と紀子様の間で家庭内騒動があったのですよ。なんでもタイの女性が殿下を追いかけて日本に来たのが原因だという噂が流れました。結局、真偽のほどはわかりませんでしたが、そのころお二人がほとんど口を利かなかったことは事実のようです。

1996.04 週刊新潮41号

週刊新潮はこの疑惑に決定的な証拠を持たないまま掲載した。最終的に愛人女性との密会写真だったり実名で詳細を語る証言はなかったので、本当にこの疑惑は週刊誌による妄想や都市伝説の類だった可能性もある。

宮内庁もこの記事には抗議し、事実無根だと主張した。

しかし後追い記事を読むと、あまりに具体的な証言もあるのでやはり妙に何か気になってしまうのだ。最も具体的な証言を掲載したのは、タブーなき雑誌を標榜した伝説の月刊誌『噂の真相』である。

具体的な愛人候補

噂の真相によれば、秋篠宮殿下の愛人説が出た相手は3名いる。

  1. タイ外務省の東アジア課に務める女性。通訳を務め、タイ王族が来日する際にも同行する。
  2. タイのプミポン国王の末娘のチュラポーン王女。秋篠宮殿下はタイ王室から気に入られており、ワチラロンコン皇太子に弟と呼ばれている。
  3. カセサート大学附属水産研究所の女性。ナマズ研究のためにタイに長期滞在した際、アシスタントを務めた。その後は必ずアシスタントとして秋篠宮に指名され、世話を務めている。

この中でも噂の真相では3番目の女性こそ最も怪しいと断定している。

都内での密会疑惑も

東急東横線沿線の某エリアにあるバブル絶頂期に建てられた超高級マンション。その最上階の部屋に出入りする秋篠宮殿下の姿が頻繁に目撃されていた。

このマンションの住民の間では宮様が借りている部屋として有名だった。

実際の借り主は秋篠宮殿下のナマズ研究の師である国立大学教授なのだが、50平米以上ある部屋で相場では賃料が30万円以上するマンションをセカンドハウスとして借りるのはあまりに不自然である。しかもこの教授は前述のカセサート大学にも関係が深いのである。

「教授が名義貸しをして、密会の手引きをしているのではないか・・・」そんな内容で噂の真相は締めくくってある。

参考 噂の真相 1996年7月号

2回に分けて秋篠宮文仁親王の(スキャンダル寄りな)エピソードをご紹介した。

このエピソードの評価は読者に委ねるが、率直に言うと私は皇室という堅苦しい環境の中では、最も普通の人の感覚や習慣に近い方なのだろうと感じた。

皇族でないなら、タイでゴーゴーバーに行って遊んだり、スポーツそっちのけで昼間からビールを飲む、テニスサークルで異性と遊ぶなどはごく普通のことだ(少なくとも同様のことをしてきた私には批判する権利がない)。

秋篠宮さまは過去の発言にもあるように、皇族である以前に一個の自立した人間としての生き方を重視し、それができなければ皇族を辞めてもよいとすら考えているのだろう。

しかし現実には封建的で時代錯誤な宮内庁が、辞めて自由にするなんていう選択肢を認めるわけがない。そういうがんじがらめの規律に縛られ、自己を犠牲にしてきた代表が雅子さまだ。

皇族の自由は拡大すればふさわしくない、税金泥棒といった批判を招き、縮小すれば雅子さまのような悲劇を生む。皇族は宮内庁の許可なく好き勝手外出するのもままならない。

この機に皇族の人権はどう守られるべきで、皇族は逆に何を守らなければならないか、考えたほうが良いと思う。

読者の方も自由と規律の関係はどうあるべきか、意見があればツイッターで教えてください。